折敷に宿る、かたちのこころ ~懐紙の一折に込める和の礼~

茶席や和のしつらえにおいて、私たちが何気なく用いる道具の中に、深い精神と美意識が息づいています。
たとえば、菓子をのせる懐紙の右上を、そっと裏に折り返すあの小さな所作――それは、単なる折り目ではなく、古来から受け継がれる「折敷(おしき)」のこころに繋がるものです。
折敷(おしき)とは何か

「折敷」とは、文字通り「折って敷く」もの。
もとは一枚の板や紙を折り上げて、縁(ふち)を立てて台状にした敷物を意味しました。
現在では、主に木や漆で作られた四角い縁付きの盆状の器台として知られ、懐石料理の器、神饌(神前の供物)、茶道具などを載せる際に用いられます。
その語源に立ち返ると、「折敷」は、ただ物を載せる台ではなく、形を整えることで心を整え、相手を思いやるという日本の精神性を象徴する道具でもあるのです。
「おしき」と「おりしき」の違い

一般には「折敷(おしき)」と読みますが、古風な読み方、または雅語的な読み方では「おりしき」という呼び方も使われることがあります。
この違いは、材質や用途、形式の違いによる区別と考えられます。
項目 | おしき(折敷) | おりしき(折敷) |
---|---|---|
読み方の正式性 | 辞書に載る一般的な読み | 古典的・口語的な呼称 |
主な材質 | 木製・漆塗・竹製など | 紙・懐紙・和紙など |
主な用途 | 懐石の器台、神饌台、 点前道具の下など |
略式の菓子敷き、 懐紙を折って作る敷物 |
使用場面 | 正式な茶事・儀礼・神事 | 略式の茶席、菓子の呈茶、日常の作法 |
形状 | 板に縁を立てた構造 | 折り返した紙による五角形など |
このように、「おしき」は主に道具としての折敷を指し、「おりしき」は紙などを折って作る即席の敷物を指すことがあります。
たとえば茶席で、懐紙の右上を折って菓子をのせた場合、「これは略式の折敷(おりしき)です」と説明されることがあります。
ただし、辞書的には「おしき」が正式な読みであり、「おりしき」は慣用的な呼び方にとどまります。
なぜ懐紙の角を折るのか ~清浄と忌み避けのこころ~
懐紙の右上を折る所作には、次の三つの意味が込められています。

1. 清浄・未使用のしるし
かつて紙はとても高価なもので、平安から室町にかけては宮廷や寺社でしか十分に使えませんでした。
庶民が和紙を手にできるようになったのは江戸時代以降ですが、それでも質の良い紙は贅沢品でした。
そのため、書付や手紙の裏を再利用することが日常的であり、紙の「使い回し」は当たり前の習慣でした。
そうした時代背景のもとでは、紙が新品かどうかは外見だけでは判別しにくいものでした。
そこで懐紙の角を折る所作は、その場で新たに整えられた紙――すなわち「今回のために清らかに用意された未使用の紙」であることを示す視覚的なサインとなりました。
茶道においては、この小さな折り目が、客を迎える誠意と清浄さを端的に表現しているのです。
2. もてなしの礼儀
折った角を相手側に向けて差し出すことで、「お迎えする準備が整っております」と控えめに伝えることができます。
大げさではなく、しかし確かに相手への敬意を示す、このさりげない所作は、もてなしの美学に通じます。
3. 忌み避け(四から五へ)
四角い紙に折りを入れると、その形は五角になります。四(し)は「死」を連想させるため避けられ、五角(ごかく)は調和や吉祥の数とされてきました。
つまり折り目には、「不吉を避け、良き形に整える」という祓いと願いが込められているのです。
折形と折敷の精神 ~かたちが心を表す~
日本文化では、「かたち(形)」は心の現れとされます。
折形(おりがた)――紙を折って贈り物を包む礼法もまた、折り目に心を託す日本人の象徴的な表現です。
懐紙の折りも、折敷の縁も、「ただの形」ではありません。
それは、相手を思いやる心、場を清める気遣い、そして言葉にしない静かな礼そのものなのです。
このように、「おしき」と「おりしき」、また懐紙の一折に至るまで、和の文化には目に見えない心を形にする知恵が宿っています。
たとえ言葉では語られずとも、その折り目は静かに語るのです。
「私はあなたを思っています」と。
「このひとときを大切にしたいのです」と。
現代の暮らしの中でも、そうした所作を大切に――その心を未来へと伝えていきたいものです。
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